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みなさまにご心配頂きありがとうございます。
本日ポーランド航空直行便の当面最後の便で、ワルシャワから帰国できました!!
満席というほどでもなく、空席も少しずつですがありました。
3月15日以降は東京⇔ワルシャワ便はキャンセルです。
出発前、ワルシャワは冬と春がぶつかり合うような妙な天気。あられや雪が降ったと思うと、青空が顔をのぞかせたり。
パッキングもほとんど終わっているので、午前中はまた少し練習して過ごしました。
一昨日からやってきた、フレンチブルのHugoが私の足元にからみついて離れず、ブヒブヒ言いながらピアノを弾くのをじゃましています。
Hugoはもともとタマラの息子マックスの犬なのに、ほとんどタマラのところで暮らしています。ずっとブヒブヒ言ってるか、ブヒブヒ言いながら寝ています。今日も暖炉の前でおねんね。
今回はコロナウィルス騒ぎで、ポーランドでは滞在中ワルシャワの街なかにはまったく行かず、人里離れた林の中で練習して過ごしました。
タマラとのデュオのミニコンサートも中止、ラジオのプログラム『東西のはざまで』の出演も夏に延期。まずパーソナリティのヤツェクが、イスラエルから帰国したばかりで、イスラエルからの入国者は14日間の隔離期間は絶対にラジオ局に入局禁止、それに私も日本からなのでラジオ局は入局お断りだそうです。
やれやれ。。。タマラもオペラが閉鎖のため出勤がなくまりました。
そのおかげで、タマラとのメンデルスゾーンの2台のピアノのための協奏曲はかなり合わせが進み\\^^^\\\\、喧嘩しいしいも頑張って、ほぼ in Tempoで形がつくまでになったので、これは大いなる成果でした。
他の楽しみと言えば。。。1日一回、林を抜けてお買い物に行くのだけが楽しみ。
人混みに出かけること禁止、レストランもショッピングモールも閉鎖、電車の運行もまばら、メトロ運行停止、トイレットペーパーや食料品のいくつかがスーパーから無くなるなど、それはポーランド人にとって、1980年代の戒厳令時代を彷彿とさせ、暗い時代を思い起こさせる不吉な出来事なのでしょう。
もっとも当時はメトロもモールもなかったし、トイレットペーパーなどはあるのが奇蹟!の時代でしたけれど。。。
90年代に入って民主主義が導入されて、物の豊富な消費生活が始まりすでに四半世紀以上。物が棚にないというのはほぼ30年ぶりのことですから、若い世代はそのことを知らないにせよ、人々の間で語り継がれて、そういう国だったということはわかっているはずです。
タマラの家を後にして、ちょっとスーパーマーケットに買い物に寄って、空港へ。
お天気も回復して、LOTの機体がまぶしいほどです。
この便に乗れなかったとしたら、ポーランドにずっと幽閉状態でなく、陸路で何とかベルリンかウィーンかミンスクなどへ出て、そこから日本へ飛ぶという方法はあるかもしれません。でもあまりに大変。
他の国の人々で、そういう方法を取らざるを得なくなる人はいっぱいいるのではないでしょうか。
とにかく直行便に乗り込みます。飛行機の中で、寺西昭子先生から頂戴したご自身の本をあっと言う間に夢中になって読み上げてしまいました。
ギレリスやヤコブ・フリエールなど旧ソ連時代のロシア人大ピアニストと親交の深かった寺西先生。
ギレリスとの交友などから、旧ソ連時代の体制下にあって、芸術家が外交的に果たしていた役割、その地位、またロシア人芸術家と親交を持ち、招聘などに関わった場合の、その『体制』との目に見えない恐怖の戦いと苦難の連続。。。
それらを読みながら、今回のこのコロナウィルス対策におけるポーランドのいち早い国境封鎖という措置が、案外、怖い以前の時代に根ざすものではないかとも思えてきました。
もっともヨーロッパ諸国は、中世の時代から疫病が流行ると城門を閉じて来たことも事実ですね!←誰かさんからの受け売り
さてヨーロッパ各国もどこもコンサート中止、日本も同様。30日のトークコンサートも中止になりました。こういう時にこそレパートリーを広げる絶好のチャンス!
それからウィーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場、ベルリン・フィルも無料で観客なしコンサートを配信してくれていますので、それを観るのまさにこういう時こそですよね。

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