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バレンボイムは来日するたびに聴いてきた。彼のライブは筆舌には尽くしがたい素晴らしさがあるのです。

そして今日。。。79歳のバレンボイムを忘我の境地で聴いた。

ベートーヴェンの後期3大ソナタ。第30番、31番、32番のプログラム。

32番を聴き、ベートーヴェンが作曲したのはこういう曲だったのかと、生まれて初めてこの曲の崇高なまでの精神性に触れることができたと感じた。

16年ぶりに聴くバレンボイムのライブ。以前とはまったく違う音楽になっていた。

私の5感のすべてを鋭敏に研ぎ澄ましてようやく聴こえてくる音。能動的に私の耳が彼の響きを聴きとりに行かざるを得ないほど静謐な響き。

大音響こそ聴衆を魅了するという神話はなんて馬鹿げているのだろう。

今日の3曲は宇宙的な次元の音楽といって過言ではなかったと思う。ラド・ルプーの引退前のコンサートが心をよぎったのは、その超越した美音のせいだろうか。

バレンボイムは録音ではありきたりに聴こえてしまうことがある。それは収録では不可能な宇宙的規模を持っているからではないかと思う。

具体的には、無限の段階を持つディナミーク、いつどこを聴いても完璧なプロポーション、ピタリとおさまるテンポ感覚、ゆっくりな部分は響きが希薄になる限界でつないでいく、激しい部分には必ず統制がある。すべてがインテグラルな音楽になっている。

長く記憶に残る、心を打つ3曲だった。

実は。。。

昨日からFacebookなどSNSではもっぱらバレンボイムの話でもちきり。

サントリーホールでは2種類のプログラムが予定され、6月3日はベートーヴェンソナタ第1番~4番、6月4日は第30番、31番、32番の後期3大ソナタだった。

やっぱり聴きたいのは後期ソナタ3曲、とそちらを入手。あっという間にSold outになったのもやはり後期3曲の方。

しかしここからが世にも摩訶不思議な出来事のお話しです。

3日に聴きに行った聴衆は・・・誰もが、第1番のソナタの冒頭、ドから始まるへ短調のスタカートを固唾を飲んで待っていた。

いや、なんか変。。。手の用意が。気がつく人は音が出る前に気がついたらしい。

バレンボイムの手から流れるように始まったのは、世にも美しい第30番のホ長調のメロディだった。

えっ?!と誰もが心の中では仰天しただろうことは想像がつくけれども、天から降り注ぐような聖なる音色にサントリーホールの内部は魔法に包まれたらしい。

昨晩はそんな仰天ニュースがSNSを駆け巡っていた。結局予定されていた第1番~4番は1曲も演奏されることなく、演奏されたのは今日と同じ後期3大ソナタだったというからかなりの驚きである。

終了後マイクを持ってステージに現れたバレンボイムは、31番の途中で気がついたがそのまま弾いた、と語ったらしい。

大多数の聴衆は大喜びだったらしいけれども、少しは複雑な心境の人もいて当然だろう。

今日の開演前に、ホールの前で知り合いの先生とその一群と少し立ち話をした。

その中の一人、六角形のかなり風変りなフレームの眼鏡をかけた男性が、「昨日も聴いたから、結局今日と2回同じプログラムを聴くことになるんですよ。昨日の演奏では、けっこう音を間違えたり、弾けていないところがあったり、それでもそんなことはもうまったく気にならない次元の演奏でしたね。」と仰る。

え?バレンボイムが弾けてないところがあった?

それはかなり衝撃的な話だった。どうしよう。。。よれよれのバレンボイムなんて絶対聴きたくない。

昨日がどうだったかはわからないが、今日の演奏はまったくそんなことはなかった。30番と31番のほんのある一部分で、鮮明でない音があったけれども、片方の手はがっちり音楽を掌握しているので、今の一瞬は幻覚だったのかと思わせて過ぎる。

それから、今回のリサイタルで特筆すべきはバレンボイムのピアノ。

クリス・マーネというベルギーのピアノ修復家兼制作者による、特別仕様のスタンウェイで、平行弦の構造を持つ。さきほどの6角形眼鏡フレーム氏によれば、鍵盤もバレンボイム仕様で少し狭くなっているという。

そういえば、この写真で見ても鍵盤全体の幅が少し狭く感じられないでもない。本当のところはどうなのだろう。

平行弦、つまりピアノ内部で低音弦と高音弦が交差していないので、非常にクリアに各音が純粋にその音の高さを保って聴こえてくる。

低音はほとんどオルガンのペダルに近いほど独立した音として響く。

高音の澄み切った響きは、天使の声が降り注ぐようだった。

次にバレンボイムのライブが聴けるのはいつだろう。また聴ける日を待ちたい。

ベルリンフィルのデジタルコンサートホールではお馴染みだけれど、PCで聴くバレンボイムとライブのバレンボイムでは天と地ほども違うのだから。

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