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世の中は新型コロナウィルスのために、日に日に混沌とした様相を示してきています。感染者が1人増えるごとに、ニュースにのってさざ波のように不安が波及していく日々。
学校はお休みになり、無用な外出は禁止ですから、その間にせっせと譜読みをこなしている感心な生徒さんもいれば、この時ぞとスキーに出かけるツワモノ生徒さんも。
流通も悪くなり紙製品は品薄で、ますます社会不安を招く日々です。
唐突ですが、こんな時こそ音楽です♬
音楽をしている分にはコロナウィルスにはかからないし、音楽に取り憑かれる魔のウィルスに感染する程度ですみます!
ジュール・マスネのオペラ『マノン』。
私が最高に好きなオペラの一つです。プッチーニにもマノン・レスコーがありますが、アリアの数々の美しさや、マノンの艶めかしさ、最高の快楽と死への凋落と、オペラとしては断然マスネの方が楽しめます。
実はかくれオペラファンですが、まだまだひよっこです。私の桐朋時代の師、林秀光先生の奥様はメゾソプラノで、外来の歌劇場オペラやMETのライブビューイングにも何度もご一緒して、教えて頂いています。マスネは『ウェルテル』もドラマティック。
さてマノンの第2幕。
マノンと騎士デ・グリューが小さなテーブルをはさんで、2つの心模様を歌い上げるシーン。
マノンは、この小さなテーブルともお別れね、とデ・グリューとの別れを歌う。これも美しいアリアです。
それを引き継いで歌われるアリアが、『騎士デ・グリューの夢「目を閉じて」le rêve de Des Grieux En fermant les yeux”』
信じられないほどの美しさなのです。
どれほど聴いても、別のフレージングや歌い口がみえてきて、また聴きたいと思ってしまう。
イントロの部分は、ただ一つのラの音だけが数小節続くのですが、当初はこれが、ラだけ歌っているなどとは思いもしませんでした。
ヴァイオリンが対旋律を奏でているし、歌詞があるので、ラだけでも歌詞によって表情が豊かに生まれます。さらに母音や子音、わずかな音程のズレ、強弱や膨らませ方などによって、ラだけで実にふくよかな音楽になっているのです。
ピアノで一つの音だけで豊かな叙情性を醸し出すことは至難ですが、管弦楽器や声楽ならいくらでもできることには気がついていました。
ピアノでラ音だけで数小節、といえば、これはもう、ラヴェルの『道化師の朝の歌』の超絶技巧の『ラの連打』に尽きます。
ひたすらラを、精密に一音も抜けずに、らーららららーららららららを超スピードで繰り返すので、これはもうメカニックの追求と苦難と脅威以外の何ものでもありません。
さて、アリアに話を戻しましょう。ラのイントロ後に、ピヤンッ!と弦のピッツィカートが入ります。その先が天からの賜り物。
この美しさは聴いて頂けばすぐにわかって頂けます。
また世界的なテノールの歌手たちも、みなこのアリアを歌っていて、録音はいくらでもあります。
古くは、ディ・ステファーノ、レオポルド・シモノー、ニコライ・ゲッダ、ドミンゴ、パヴァロッティ、最近ではアルヴァレス、フローレス、カウフマン、ベチャワ、アラーニャ、グリゴーロ。。。。とテナーなら誰のものでも聴くことができるほどです。
結局のところ歌手たちが、自分だけの『デ・グリューの夢』を歌い上げたくなる曲なのでしょう。
しかし、カウフマンやベチャワのような強靭で大音量のテノールは、やはりこの曲で夢を見ることはできません。
私にとっての最高のこのアリアは、マルセロ・アルヴァレスの歌唱です。アルヴァレスの暖かい声質、ビロードのさらに上をいくようなえもいわれぬ滑らかさ、叙情性豊かだけれども決して堕落はしていない、これを上回る歌唱には出会えないように思います。
お相手のマノンはルネ・フレミング。3幕の絢爛豪華さとその麗しさ、有名なガヴォットのウィットに富んだ歌唱にも引き込まれます。
アルヴァレスの歌唱からは本当に多くを学びました。
この滑らかさはどこから完成し得るものなのか。
母音をわずかに遅らせて出すことで滑らかさを引き出す歌い方。つまり、“マ”であれば、いくらか“ムァ”に近づける。
フレージングの巧みさ。フレーズ後半に重きがくるように作りあげる。
フレーズの最後の音をどのように消すか。息を長くとっておいて、最後の段階で一瞬クレッシェンドを入れる。
そして非常に正確な音程。かなり跳躍する時でも正確にその音に的中させ、表情を後から出すために崩していく。
初めてDVDでマノンを観た時、その時からこの美しさに心打たれ、何回も、何回も、いえ、たぶん100回を超えるほどもこの部分だけを繰り返し繰り返し観たのでした。
まもなく、ウィーン国立歌劇場でマノンを観ることが叶う機会があります。
どんな感動を得ることができるでしょう。楽しみです!
ルネ・フレミング マルセロ・アルバレス Manon 第2幕

Fleming and Alvarez

Renée Fleming and Marcelo Alvarez in Massenet’s Manon; notre petite table; En fermant les yeux; Paris 2001, Jesus Lopez-Cobos (cond.)

 
 

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